Club Silencio

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【ネタバレ感想】『悲しみに、こんにちは』評

カタルーニャの田舎に越してきた次の日の朝、フリダは食卵癖の鶏に怯えていた。

 

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つまり、”親が子供を喰らう”ということ!

家出を企てるフリダは「なぜ?」というアナの問いかけにこう答える。

 

「嫌われているから」

 

決して”嫌っている”のではなく、”嫌われている”と思っている。

なぜならアナに対するマルガとエステバの言動が、(あくまでフリダにとって)良いように見えてしまっているからだ。それはお土産を選ぶシークエンスで決定的となる。フリダは偶然でしかない色の違いに激しく嫉妬するのだ。祖母は”店で取り替えよう”と優しく言葉をかけるが、わざと嫌いな牛乳をこぼす。

 

”嫌われている”と思っているから、構ってもらおうとする。その態度にいい加減怒ったマルガに対して、「わざとじゃない」というフリダを見れば、卵の殻を割っているのは彼女自身であると言えるだろう。だから”喰われる”というより、”喰わしている”というべきか。これらの相違点が、フリダが新たな家族に馴染みきれない一つの要因だと感じる。

 

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そこへ重なる時代背景がある。

転んで流血をしたフリダに対して過剰な反応を見せるシークエンスがあった。唯一言及があった精肉店での「今時、肺炎で死ぬのか」という話から考えてみても、フリダの母親の死因は”エイズ”であると推測できる。実際、カルラ・シモン監督も両親をエイズで亡くし、原題にもある1993年当時のスペインではドラッグによるHIV感染者が増加していた。フリダが検査にいくのは、その疑いからだろう。

 

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つまり、”血の繋がらない家族”と”エイズの蔓延”というフリダの置かれた状況には悲痛なものがある。しかし、フリダは泣かない。転んでも、採血でも、母親が死んでも。彼女が泣くのはラストのみである。それは新たな家族に馴染んだ瞬間であった。

 

どんなことがあっても前向きに生き続けるフリダ。

 

そんな彼女に訪れるもの…

 

『悲しみに、こんにちは』

 

この涙は、嬉し涙であったはず。  

 

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