Club Silencio

夢と現実の魔境からお届け

『アメリカン・スリープオーバー』短評

幼年期が恋しい。

あの日常がどれだけ素晴らしかったことか。

 

毎朝、不安もなしに出かけていった。

毎晩、決して眠ろうとはしなかった。

 

しかし、大人の真似事をするうちに全てを忘れていく。

冒険を期待して大人へと急ぐのだ。

 

後で気づいても二度と戻れないのに。

 

だからこそ『アメリカン・スリープオーバー』は青春の神話であった。

それは神話の一定義として、”青春に於ける行動規範”を可視化させたからである。

 

つまり、揺蕩う水が流れ出すように、眠っていたものが目を覚ますように、 いつでも、どこでも、だれでも、『アメリカン・スリープオーバー』を媒介して、お泊り会は開催される。

 

そこでは、

プールで目が合ってしまったり、

ドラッグストアで一目惚れしたり、

スキャンダラスな日記を読んでしまったり、

懐かしい写真を見つけたり、

あるようで、無いような未知への郷愁が、不可侵で従わなくてはならないものとして意義づけられている。

 

そうして幼年期を現行として、また追体験した者たちは眠ることのできないお泊まり会へと参加していくのだ。

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