Club Silencio

夢と現実の魔境からお届け

【ネタバレ感想】『グレイテスト・ショーマン』評 自己愛という喜び!~拝啓、P・T・バーナムと紗倉まな~

先日、紗倉まなが言っていた。

 

「SEXとは、ギブ&テイク!」だと。

 

SEXという(肉体的な!)性欲に基づいた行為に於いて、”ギブ&テイク”、つまり満たし合いだと言うのだ。AV女優が言うのだから間違いない。

 

  • ”ギブ/与える”という夢想

SEXという意味は、生物上の男女・雄雌の別、性とも取れる。もっと広く捉えれば、一個人同士がある関係を築く過程に於いても、”ギブ&テイク”は必要である。実際、愛情にしろ、友情にしろ、衝突するのは不満があるからで、そこに与える・与えられるという行為がなく、どちらかが一方的なものとなってしまっている。

 

グレイテスト・ショーマン』のバーナムも、ギブという夢想に囚われた男であった。というのも、”妻を幸せにしたい”というギブ/与えるという行為に囚われ、バーナム→妻という一方的なものになっている。彼自身が”妻に幸せを与えている”という夢想によって、自分だけ気持ちよくなっているのだ。そんなの”ギブ&テイク”ではない。SEXではなく、バーナムの自慰行為である。

 

そもそも妻のチャリティはバーナムの「君を幸せにしていない」という言葉に、「私は幸せよ」と答えている時点で”ギブ&テイク”の関係は破綻している。

 

  • 自己愛という喜び

 そんなバーナムの自己愛は膨れ上がって行く。

 

遂には、ジェニー・リンドに「Never Enough」を歌わせる。

 

Never Enough

Never Enough

  • Loren Allred
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”満足ではない”

”十分ではない”

 

それを聴いて、バーナムは泣いて歓喜する。

まだまだ妻を幸せにできていない。金の塔では小さいし、世界を手にできても満足ではない。十分ではない。そう思えば、思うほどに破綻した”ギブ&テイク”の溝は深まっていく。その自己愛の自惚れが火事とスキャンダルとしてバーナムを襲うどころか、彼は”人類の祝祭”とも称されたサーカス団員を見放した。

 

そこに流れる「This Is Me」

 

This Is Me

This Is Me

  • Keala Settle & The Greatest Showman Ensemble
  • サウンドトラック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

”これが私”

 

”これが私”

 

”これが私”

 

”これが私”

 

そこで鋭い言葉に切りつけられたからと言って潰される必要はない。傷があろうが、勇気がある。”これが私”、そんな自己愛こそ喜びではないか!確かにバーナムは金目的で団員を、歌手を、そして妻までを物にした。けれども彼は”人類の祝祭”で家族を作った。「This Is Me」と自慰するくらいが良い人間。いや、しないでどうする。”これが私”なのだから自己愛に溺れて、喜べばいい。

 

フィリップが変わったように、バーナムも変わっていく。そして、円環として冒頭に戻る。

 

バーナムとフィリップの契約は50%‐50%、しっかりと満たし合っている。更にはフィリップにハットとステッキを譲り、何もやる事がなかった彼に演じさせる。そして、バーナム自身は”妻の求めていた幸せ”、つまり一方的なものではく、彼女の感じる事(家族孝行)をしに向かうのだ。

 

「もっとも崇高な芸術とは、人を幸せにする事だ」とP・T・バーナムは言っていた。

 

そうか!そうか!

”ギブ&テイク”を知る彼と紗倉まなこそ、芸術であるのか!

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