Club Silencio

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【ネタバレ感想】『犬猿』評 兄弟姉妹という異物、喧嘩という愛情、そして懺悔と空白の鳥

ACIDMANは主題歌「空白の鳥」で歌っていた。

 

月明りが眩しかった

あの空は綺麗だった

 

でも僕は嫌いだった

あの空が嫌いだった 

 

月明りが眩しくて、空が綺麗だからこそ、僕はあの空が嫌いだったのだ。

あくまで僕と月空の関係を歌っているが、これは人間関係に於けるメタファーに過ぎないだろう。その眩しい綺麗さに嫉妬する。それは友人は疎か、同じ腹の出の兄弟姉妹ともなれば、より深いものにならざるを得ない。なぜなら”同じ腹の出”、つまり「平等」であるからこそ、より深く「不平等」に感じる訳である。

 

  • 兄弟姉妹という異物、そして懺悔

だから兄弟姉妹というのは異物である。その繋がりに於いて、もしも兄姉にしろ、弟妹にしろ、どちらか一方がいなければ、もう一方は月明りになれたはずだ。しかし、月というのは自らが光り輝いている訳ではない。地球によって陰り、太陽によって照らされるからこそ、光り輝いているのだ。

 

ACIDMANは同曲でこうも歌っている。

 

また月の影に 僕ら

隠れていた 繰り返し

 

ヒリヒリと目が眩む 

膨らんでゆく 夜の所為さ

 

気付かないふりをして

ただ笑っていたかっただけ

 

月明りが 眩しかった

揺らいでた 僕の所為さ

 

気付かないふりをして

まだ笑っていたかったんだ

 

染み付いた影に 僕ら

心さえ 消えかけて

 

傷になって 痛くたって

心だけ守っていたんだ 

 

 自分が月の影になることを”夜の所為”のせいにした後、月明りへの嫉妬を”僕の所為”だと懺悔した。そう、異物とは両者に取って”僕”の方だったのだ。空しいように、心は消えかけて、その心を守るために傷つき合って、痛み合う。所為に気付かないふりをして笑っているために。それを懺悔してしまったのだ!

 

  • 喧嘩という愛情

これはいわゆる兄弟姉妹による喧嘩と読める。

 

喧嘩という異物の取り合い、飾り合って、絡み合って、壊れたって、生きていけるのはそこに愛情があるからだろう。

 

空白、

 

 

 

 

 忘れていたこと、

 

 

 

 

その夜の中には深い青があるということ。またそこには鳥が飛んでいる。

兄弟姉妹喧嘩を愛情と言い切れるとは、太陽があるからこそ月が光り輝くように、愛おしいからこそ憎たらしいのだ。更に言えば、夜にも深い青があるように、憎しみにも深い愛がある。つまり、あの懺悔、そして、この喧嘩はACIDMANが歌った「空白の鳥」に触れ、兄弟姉妹が共鳴するためのものであった。鳥をつかみ取る、その平和の象徴、これは感じていた「不平等」に「平等」を与えるものではないか。

 

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それでも夜が明け、また来るようにあの異物を見るような眼!

 

兄弟姉妹という”繋がり”は嫉妬し、懺悔し、そうして成長して行くのか。